オカヤドカリの神経系
オカヤドカリを含む甲殻類は、人間のような一つの大きな脳ではなく、体の各部位に分散した 神経節(ニューロンの集まり)からなる神経系を持っています。
頭部にある神経節(背側神経節)が人間の「脳」に最も近い役割を果たしており、主に眼や触角からの感覚情報を処理しています。腹部にはより大きな神経節(腹側神経節)があり、歩脚や感覚器官を制御しています。各神経節はそれぞれが担当する部位からの信号をその場で処理できる自律性を持っているため、すべての情報を一か所に集めなくても素早い反応が可能になっています。
これらの神経節どうしは神経索でつながっており、各神経節の間で信号をやりとりすることで、体全体の協調的な動きを可能にしています。
このほか、内臓器官を制御する自律神経系と、筋肉などを制御する体性神経系が末梢神経系として全身に張り巡らされています。
オカヤドカリの記憶と学習
近年の研究では、十脚甲殻類(エビ・カニ・ヤドカリの仲間)にも学習能力や記憶が存在することが示されています。
イギリスのスウォンジー大学の研究チームはヨーロッパイソガニ(Carcinus maenas)が複雑な迷路を学習し、食物による訓練を4週間行った後、2週間経過しても迷路の経路を記憶していたことを報告しています。
また、ヤドカリに電気刺激を与えた研究では、刺激が終わった後にも貝殻を放棄する行動が持続しており、単なる反射ではなく嫌悪的な経験の記憶に基づいた行動変化が確認されています。
こうした学習や記憶を支えるのがシナプス可塑性です。シナプスは神経細胞どうしの接合部で、外部からの刺激に応じてその伝達効率が変化する性質(可塑性)があります。
十脚甲殻類でもシナプス可塑性が観察されており、同じ刺激の繰り返しに対して行動を変化させる(慣れや学習)神経基盤が存在すると考えられています。
🐚記憶力があるといっても「飼い主の顔を覚える」といったレベルの認知能力は確認されていないため、オカヤドカリにとって、飼い主は捕食者と同様の脅威として知覚される可能性が高いと考えられます。
オカヤドカリの感覚
オカヤドカリを含む十脚目(エビ・カニ・ヤドカリなど)には、痛みなどの苦痛を感じる感覚が備わっているという科学的根拠が蓄積されています。
2021年にイギリス政府が委託したロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の研究チームは、300件以上の科学的研究を分析し、十脚甲殻類と頭足類(イカ・タコ)には感覚があるとする強い科学的根拠が存在すると結論づけました。これを受けて、2022年4月にイギリスでは「動物福祉(感覚)法」が成立し、十脚甲殻類と頭足類が法的に感覚ある存在として認められました。
また、スイスでは2018年に、ロブスターを含む十脚甲殻類を生きたまま熱湯に入れることを禁止する法律が施行されており、ノルウェーやニュージーランド、オーストリアなどにも同様の保護規定があります。
🐚日本では、「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」の対象が哺乳類・鳥類・爬虫類に限定されており、甲殻類や頭足類を含む無脊椎動物は適用外です。同法第40条には「動物を殺さなければならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない」という規定はありますが、この対象にも甲殻類は含まれていません。そのため、苦痛を感じることが科学的に示されているエビ・カニ・イカ・タコなどに対しても、活造りや生きたままの調理に法的な制限はないのが現状です。
視覚
オカヤドカリの眼は、眼柄(がんぺい)と呼ばれる可動式の柄の先端にあり、複眼で構成されています。複眼は個眼と呼ばれる小さなユニットの集合体で、それぞれが独立したレンズと光受容細胞を持っています。
眼柄は独立して動かすことができ、ほぼ360度の視野を確保できます。ただし、個々の個眼がわずかに異なる方向を向いているため、解像度は人間の眼と比べると低く、細かい形の識別よりも、光の明暗の変化や動くものの検知に優れています。
甲殻類の複眼は色を識別できるとされており、特に青と黄色の間の色の違いを認識する能力があるとする研究結果があります。
また、陸生ヤドカリの一部の種では、偏光(光の振動方向)を検知する能力も確認されています。

🐚甲殻類の複眼には、各個眼が独立して機能し、明るい環境に適している並置像眼(へいちぞうがん)と、複数の個眼が協調して光を集める重畳像眼(じゅうじょうぞうがん)があります。重畳像眼は暗所での光の利用効率に優れた構造で、Nilsson研究 により、カニやヤドカリの多くの種が放物面型の重畳像眼を持つことが発見されています。
このことから「オカヤドカリは夜行性で、暗所に適応した重畳像眼を持つ」という説明が散見されますが、異尾下目(ヤドカリ下目)は種によって眼の型が大きく異なり、陸生ヤドカリ(オカヤドカリ)は典型的には並置像眼を持つとされています。
聴覚
オカヤドカリには哺乳類のような耳や鼓膜にあたる聴覚器官はありません。代わりに、体表面にある感覚毛で空気や基盤の振動を感知していると考えられています。
また、甲殻類の多くは触角の基部付近に平衡胞と呼ばれる器官を持っています。平衡胞は重力の方向を感知する器官で、主に体の傾きや姿勢の維持に使われますが、振動の検知にも関与している可能性があります。
ただし、どの程度の音の範囲や精度で聴覚を持つのかについては、十分に解明されていません。
🐚平衡胞の内部には平衡石(へいこうせき)と呼ばれる小さな粒があり、体が傾くと平衡石が重力方向に移動して感覚毛を刺激することで、体の向きや傾きを検知しています。十脚甲殻類では左右一対の平衡胞からの情報を比較することで、前後・左右の傾きを感知し、姿勢を補正できることが分かっています。平衡胞を除去した実験では空間的な方向感覚が失われることも確認されており、オカヤドカリが床砂に潜った際に空間識失調を起こさずに移動できるのも、この平衡胞による重力方向の検知によるものと考えられます。
味覚
甲殻類の味覚については十分に解明されていません。ただし、甲殻類の口器(こうき)や歩脚の先端には化学受容器が存在し、接触した物質の成分を感知できることが知られています。これは厳密な「味覚」とは異なりますが、エサの選別に関与していると考えられています。
触覚
オカヤドカリの触覚は、2対の「触角」が担当しています。
甲殻類の触角には、化学物質を検知する化学受容器と、物理的な刺激を検知する機械受容器の両方が備わっており、これらの触角を積極的に動かすことで、食物の探知、仲間の認識、周囲の障害物や環境の変化(気温・湿度の変動など)を察知しています。
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